問一:スイスの南西、フランスの国境に位置し、新月状の形を成していることで知られ、ジュネーブ湖とも呼ばれる湖の名前を答えなさい。

問二:オーストラリアに属し石油の産出地としても知られるにも関わらず、人口は僅か55人である島の名前を答えなさい。

問三:バリ島の北部、バトゥール山とバトゥール湖の西に位置する町の名前を答えなさい。

問四:沖縄県庁の南側、豊かな自然で知られラムサール条約の保護地域にも認定されている湖の名前を答えなさい。

(各二十五点)



「………………………なんだこりゃあ」

どの時代においても子煩悩な母親というのはいるもので、最近ではハルヒもその気が出てきた。元々スペックの高い自分の子供だ、間違いなく秀才になると考えたのだろう。英才教育を施しましょう、と言いはじめたのである。俺としちゃあ子供にはのびのびと育って欲しいし、いらない苦労ならして欲しくないというのが本音だ。が、我が家における家長の発言力は、指関節に生えてくる用途不明の毛ほども無いのだった。

「あらキョン、何見てるの?」

「今日の晴奈の宿題。事情を話したら谷口が即興で作ってくれた」

働き盛りの俺たちにとっては家族や職場以外の知人と遭遇する機会もそうそうないのだが、今日はたまたま立ち寄った喫茶店で谷口と出会ったのだ。あいつにテストの問題を作るほどの頭脳があったのかは、さて記憶に無いが、しかし事情を話して数分後には問題を完成させていたということは、地理の分野には強かったのかもしれない。

「ふーん、谷口ってあの谷口よね?問題を作る側に回れるほど頭が良かったとは思えないけど。車で例えるなら軽トラね」

「ひどいな。せめて三輪バイクにしてやってくれ」

「車ですらないわよそれ………どれどれ、地理の問題なのね?」

問題をざっと見て、ふーむと一息吐くハルヒ。表情は優れない。

「ちょっと小学生には難しすぎるわよ、範囲が広すぎるわ。この年代なら答えられても外国の首都程度でしょ」

「だよなあ、俺もさっぱりわからなかったし。ハルヒ、お前ならわかるのか?例えば―――四番とか」

唯一の国内問題だった。とはいえ沖縄とか北海道とか、本州から海を隔てているというだけで微妙に知識が少なくなる。しかもこの問題、四問中三問が湖の名前を答えよ、だ。偏向するのは報道と性癖だけにしておいて欲しい。

「こんなの簡単よ。子供の頃に地図帳を暗記した事もあるわ。これは確か、まん………」

………まん。

「………………………」

「………………………」

「………………………」

時が止まる。湖の名前を答える問題で、そこまで言ってもらったら後は一文字付け加えるだけだという予想が立ち、その後俺は青ざめた。ハルヒは基本的には下ネタが大嫌いなのだ。このネンネめ!

時が止まる、とは言ったもののそんなものは比喩であって、客観的な時間は刻々と進んでいく。背後の壁に掛けられた時計の、今では珍しくなったアナログチックな秒針の音が、心的な時間経過を外界と調和させていく。固まっていたハルヒも徐々にふるふると震えだして、拳がゆっくりと握られた―――!

「何言わせようとしてんのよこのエロキョン―――――――――!」

「俺のせいじゃねえだろうぼあぁぁぁああああああ!」

殴られてからの言い訳なんぞが意味を成す訳も無く、俺は壁まで吹っ飛ばされた。





<バブルドランクベイビーズ>






「どーすんだよコレ」

「あはは、どうしましょ」

二人して、ばちばちと音を立てている機械を見る。

怒りと恥じらいの相乗効果だったのか、はたまたたまたま体調がバツグンに優れていたのか、それとも毎日のように照れ怒って俺を殴るせいで筋力が徐々についていったのか。全盛期のアジアの鉄人の投擲を思わせるような軌道で吹っ飛んだ俺は、稀に見る勢いでもって壁に激突した。壁には数本のヒビが走っているが、この程度なら自分でどうにかできるようになったから問題は無い。しかし、素人にはどうやったって治せないものがある。例えば、

「お風呂、どうしよう………」

全自動で風呂の準備をしてくれる、例えば俺がドイツ人だったら全くもって魅力を感じない、しかし日本人だからこそ有り難味を感じる、魅惑の精密機械だったりだ。

「どうしようもこうしようも無いだろ。風呂は無理だぜ、わざわざキッチンからお湯汲んでくわけにもいかんだろう」

デジタル世代の弊害がここに。いっそ在りし日のハルヒの力でもって旧石器時代にでも飛ばしてくれれば、あのくるくる回して摩擦で火をつける道具とかそのあたりでお湯を沸かしたりできるのだろうが。中途半端に身の回りに文明が溢れている昨今、そんな真似はできないのだ。役に立たないプライドだぜ畜生め。

「だからってお風呂に入らないわけにもいかないじゃない」

「そうだなぁ。この怒りは谷口に倍倍返しでぶつけるとして………」

時計を見れば、十時を少し過ぎた辺りだった。この時間帯だと銭湯は混む。時代が進むに連れてノスタルジーとやらの価値は比例して増大し、いつの世にも欠かせない健康ブームも重なって、今や銭湯はちょっとした一過性ブームなのだ。

どこか、ゆったりとした場所で、誰にも邪魔されずに入浴したい。かと言って温泉に行くような時間的余裕はないし、第一この辺りに温泉なんか無い。

「そうだな、あそこに行くか」

そうなれば、候補地は一つしかないのだった。



「「まっくらも〜り〜は〜♪ふしぎなと〜こ〜ろ〜♪
あ〜さか〜ら〜ずっと♪まっくらくら〜いくら〜い♪」」

夜道で耳にするとガチで怖い歌を口ずさみながら俺の後ろを歩く二人を従え、ポケットから鍵を取り出した。休日出勤はいまだ経験したことのない俺にとっては、日曜日の夜の会社は未知の領域だ―――とはいえ、曜日が違うだけだなんてことは百も承知だが。裏口のドアを開けて中に入る。長門に連絡してセキュリティを切ってもらっているので、電気のスイッチをぽちりと押せばいつも通りの会社だった。

「ねえママ、誰もいない建物って意味もなく興奮するわね!」

「甘いわ晴奈、こんな場合こそ精神を平静に落ち着けることが不思議探索の第一歩なのよ!」

言っている割には感嘆符を隠しきれていないが。二人はテンションの昂ぶりもそのままに、俺を置いて真夜中の建もの探訪を始めてしまった。とりあえず備品を壊さないかだけは見ておこう。

「お前ら、今日の目的を忘れとりはせんだろうな。風呂だぞ風呂」

「風呂なんてどうでもいいのよ!ちょっと探検しましょう、探検」

「そうよパパ!わたし、大きくなってから会社に来るのって初めてだし!」

なんだか昔のハルヒが二人いるみたいな。ハルヒは久しぶりに真新しい風景を目前にして子供のようにはしゃいでいるし、晴奈はそれこそ好奇心真っ盛りだ。学術的な英才教育は最近始まったばかりだが、人間的な部分でのある種の英才教育は産まれた時から始まっていたのだから当然の結果だ。

「パパ、会社で変なものを見たとか、そういう話しは無いの?」

変な物ねえ。入社直後から子供を負ぶって仕事をしていた社員の話なら聞いた事があるが。

「そういえば………三階の一番北の部屋、幽霊が出るらしいぞ」

「本当、ママ?」

「わたしは聞いた事無いけど―――でも、そんな話しがあるならほおっておくわけにはいかないわ!人妻として!出発よ晴奈!」

「はい!」

―――で、ハルヒが二人いるということは、その操縦をするのはお手の物だったり。駆け出していく二人を見て、そう思った。



二人の向かった部屋の隣、鍵の掛けられた小さな空間に俺はいる。ヤカンやら茶碗やらが並べられた棚、洗い物ができるだけの設備が備え付けられた部屋にあってやたらと目に付く、壁に掛けられた控えめな大きさの機械をいじっているのだ。普段触れることがない代物だが、使っているのがご年配の方たちなだけあって大した複雑さではなかった。一つ目のボタンを押す。足元で水の流れる音が聞こえる。

「きゃーっ!なんか出た!」

「不思議現象よ晴奈!調査調査!」

もう、なんというか思ったとおりの反応。愛すべきやつらである。

次ぎに、いくつか並んだスイッチをパチン、パチン、と景気よく押していく。ブゥン、という振動するような音と共に、

「ま、ママっ!勝手に蛍光灯が点いたわ!」

「これは大スクープよ!明日の新聞の見出しは『恐怖!自動的に点灯する蛍光灯!』に決まりね!」

いや、比較的それは恐怖でもなんでもないと思うぞ。今時どこの地方自治体の箱でも導入されているし………まあ、うちの会社は手動だが。どったんばったんと暴れまわる音が聞こえる。きっと他にも変な事が起きていないかを探しているのだろう。が、その実、某恐怖アドベンチャーの犬エンドを思い起こさせるようなチンケな仕掛けなので、犬であるところの俺がこの部屋を出てしまう以上、そんなことはもう起こらないのだった。騒音の原因である隣の部屋に移る。

「おーい、風呂の準備ができたぞー」



「なによ、本当に幽霊が出たかと思って喜んじゃったじゃないの。ぬか喜びってのはこういうことを言うのね」

「そうよパパ。私たちを騙すなんて酷いわ!」

「俺は伝聞の形で表現したはずだからな、責任なら情報元にあたってくれ」

本当は情報元なんていやしないのだが。そうだな、いつもこの場所の掃除をしてくれている気のいいオバチャンの木之元さん(既婚、二人の子供持ち)という架空の人物が教えてくれた事にしておこう。

さっきの騒ぎから数十分、俺たちは温かいお湯に三人並んで浸かっていた。わざわざ男女別で作り分けたりはせず、六畳くらいの大きさの湯船を作ってしまう辺り、会社の大雑把さが伺える。そんなところが大好きです。湯船には家から持ってきた風呂桶と、定番のアヒル隊長が浮かんでいる。ふわふわと揺れるそれを見ながらたゆたっているとなんとも平和な気分になってしまう。

「ハルヒ、流しっこしようぜ流しっこ」

「やーよ、何で今更そんなバカップルみたいなこと」

ぷい、とそっぽを向かれた。さっきの事がまだ尾を引いているらしい。

「そーか。じゃあ晴奈、流しっこしよう」

「うん!」

その点娘は擦れていない。少しくらいの事は水に流すあたり、どっちが大人なんだかね………という意思を込めつつ視線を送れば、ハルヒはぎぎぎと歯を噛み締めながらあさっての方向を向いていた。馬鹿め、リターンが保障されている状況では無駄に意地を張る人間ほど損をするのだ。俺たちが正式に付き合うまでにどれだけ時間が費やされたと思っているのか。頭に乗せていたタオルを取って湯船を出た。

「ちょっと、下を隠しなさい!」

「馬鹿野郎!下を隠して何が男(おのこ)か!漢なら某ゲーム機のリモコンを見て『勝った』と思わずしてなんになる!」

「思わなくていいわよ!」

「俺はちょっと勝ってる」

「あんたは病気よ………」

病気なものか。古来よりナニに対する信仰は脈々と受け継がれていて、例えば部活合宿の風呂場での意地の張り合いは正常な男子なら一度は経験する物なのだ。といいますか隠すからいやらしくなるのであって誰もが裸だったならそれは普通になるんじゃないだろうか。これはマンガにしたら売れるかもしれないですね(棒読み)。棒だけに。

………少し湯あたりし過ぎたみたいだ。思考の水位を通常値まで戻そう。備え付けられていた椅子に座れば、その冷たさで目が覚めた。

「じゃあパパの背中あらってあげるわね!」

「おー、頼む」

知らず知らずのうちに父親を優先する姿勢が身についているようだ。ここまで目に見えた反抗期も無いままに育ってきた晴奈、このまま素直に突き進んでいただきたい。婿に来るヤツは一回殴る。それが俺の生き写しであっても。

目の前の鏡に映った晴奈は、自宅から持ってきた石鹸を何故か自分の体に巻いたタオルに擦り付けていた。どうやら嬉しい事態になりそうなので見なかったことにする。

「じゃあ洗うね〜」

直後、むにゅりとなにやらわからないけれどやわやわしたぶったいがせなかをこすりはじめた。きっととってもたかいすぽんじなんだろうなあ(棒読み)。棒だけに。さて、さすがに娘に欲情するわけにはいかないので、これ愚息よこれはスポンジであるぞ、と言いつけて背中に意識を集中させた。

「ん〜、A+」

「残念、Bでした」

「最近の子供は成長が早いなあ。けしからん」

ちなみにA+とは体調によってはBになる可能性がある状況を指す。余りにも脳の膿んだ親子間の会話だった。

「どうパパ、気持ちいい?」

「あ〜、例えるならアナウンサーが『暴力二男』を『あばれかに男』って読み違えた瞬間を見た時くらい気持ちいい」

「もっと一般的な例えをしなさいっていうか親子間の会話として不健全っていうかあんたは一回目を覚ましなさいっ!」

どぷり、と脳天に何か粘性の物がぶっかけられた。目に入って痛い。そんで白い。

「ぬあっ、何を………」

「洗いっこ、あたしも参加したげるわよ。頭、洗ったげる」

あー、これはシャンプーか。そりゃあ風呂場で白濁した粘性の液体を頭にぶっかけるとしたら二つしかないわな。

「エロトーク禁止よキョン」

ガスン、と頭を叩かれた。いや、リンス………。俺の思いなんて知ったこっちゃ無い、という感じでハルヒは、ごしごしと頭を洗い始めた。まずは髪の端のほうから、シャンプーを馴染ませるようにゆっくりと全体に。

「大体ね晴奈、キョンは大きい方が好きなのよ。あんたの洗濯板なんて目じゃないわ」

目の前で堂々たる双球をたわませながら言われると、否定の言葉は出てこない。

「え〜、パパ、そうなの?」

「案ずるな晴奈、アメリカには"less is more"という格言もあるんだぞ」

個人の嗜好を追及された際に一般的な意見に転嫁する、という会話テクニックの炸裂だった。

「"more is more"っていう言葉もあるけどね」

まあ、それを知った上でツッコミを入れてくる機転の利く人間もいるが。

晴奈は頬をふくらませてぶーたれた顔をしているが、勝ち目は今のところ無いと悟ったのかそれ以上は言わなくなった。ハルヒが鬼子母神のごとき表情で睨みつけるものだから、普通にスポンジで洗い始めているし。

爪を立てないように、強すぎる刺激を与えないように。ハルヒの洗髪は、美容室でしてもらうもののようにとてもスムースだ。指の腹でマッサージするように、十本が別々の意思を持ったかのように動きまわる。髪の汚れはお湯で洗うだけで八割がた取れてしまうから、シャンプーを使う意味というのは、実は頭皮のケアだったりする。ある程度髪を洗ったら、次は本格的なマッサージに移行する。

「あ〜、たまらん。どうしてそんなに上手いんだ?どっかで勉強でもしたか?」

「美容室に行くたびに手順を覚えてたのよ。やり方さえ覚えちゃえば毎日あの快感を楽しめるんだから、やらなきゃ損だ、って思って」

成る程、そりゃあコイツらしい答えだった。指に込める力をもう少しだけ強めて、気持ちよさも比例して高まる。………そういえば、小さい頃に晴奈の髪を洗っていたのはハルヒだったな。ということは、晴奈も………?

「晴奈、体はもういいから、あんたも手伝いなさい。やりかたは教えてあげたでしょう?」

「うん、ママ!みてなさいよパパ、超絶テクニックで昇天させてあげるんだから!」

やっぱりか。さすが一子相伝ハルヒ遺伝子、考え方も一致している。前門のハルヒ、後門の晴奈。これほどの脅威は俺にとっては他に無い。エリアを限定した事でハルヒの洗髪にも熱が入る。頭皮を下から上に押し出すようにして、ぎゅっ、ぎゅっ、と遠慮なく。それが終わると今度は、指を開いて頭を包み込むようにして、ツボを押すようにぎゅっ、ぎゅっ。頭の辺りは血管や神経が密集しているだけあって、その刺激はこれ以上なくダイレクトに俺に伝えられる。

「あ〜、カムパネルラ、銀河が見える………」

「む〜、こっちだって負けないんだから!」

晴奈は晴奈で、同じ事をしていては差がつかないとでも思ったのか、小さな手を生かして小刻みな頭皮マッサージで刺激を送ってくる。例えるならあの、床屋で『痒いところはございませんか?』と聞かれたときに使ってもらえるブラシだ。あのブラシが手に入るならいっその事強盗でもやってやろうかという気になっていたが、晴奈の巧みな指捌きを体験した今となってはそんな思いは蒸気の彼方だった。オレは娘に感謝している、娘がいなければブラシ泥棒になっていたから………。

「お〜、魂が出る………」

「む〜、娘に負けてたまるもんですかっ!」

そんな風に快感に浸って幾数分。体もマッサージ効果でいい感じに温まって、今は、晴奈がシャワーを持ち、ハルヒがシャンプーを洗い流してくれていた。洗髪の際に最も重要なのが実はこの工程なので、ハルヒの指にも力がこもっている。シャアア、という音と共に流れるシャワーの奔流。それを巧みに利用して、毛並みに逆らって効率的に。皮膚を指と指の間で押しつぶすようにして、一遍の濯ぎ残しも許さないといった感じだ。さすが親子、間違いのない連携プレー。

ああなんて和む瞬間なのか、妻と子に挟まれて二人に髪を洗ってもらえるなんてのは。始めの方は風呂の熱さに中てられてしまったのか、下関係のネタを連発してしまったのだが、あの時は俺はどうかしていたんだ。今は二人への素直な愛情に満ち満ちている。自然に出てしまう笑みを見て、二人も笑っている。ハルヒはからかうようにして、

「お客さん、痒いところはございませんか?」

「ああ、ヘソの下あたりをかいてくれ………って、あ………」

「………………………」

「………………………」

ひゅっ。ノーモーションで蹴りが繰り出された。ヘソの下に。

「ぎゃぼ―――――――――!」



前かがみになりながら道を行く―――とは言っても、股間を蹴られたからでは断じて、断じて無く、背中に晴奈を負ぶっているからなのだが。蹴られてから一時間くらいは横になってふうふう言っていたのだが、その間に晴奈は眠ってしまった。いつもならお風呂は九時くらいに入っている模範生だ、仕方が無いだろう。

「父親にソープまがいの洗い方で迫る模範生なんて聞いた事無いわよ」

「ありゃ迫ってるわけじゃないだろ。構って欲しい年頃なのさ」

「そうならいいけどね………」

いや、肯定しろよハルヒ。インモラル家族はどうかと思うぞ。そろそろ風呂での火照りもなりを潜め、今度こそまったりとした時間が流れる。正門が閉まっていた為に少し離れた場所に停めていた車の鍵を開け、後部座席に晴奈を横たえた。

ぶるる、と控えめな音を立ててエンジンが掛かる。車の振動は胎動と似ているらしいし、いい夢が見られることだろう。たまにはこんな趣向もいいだろう。なんだかんだ言ってまんざらじゃなさそうなハルヒを見て、もう一週間くらいは風呂を直すのはやめておこうかな、なんて事を思った。



―――――――――その日以来、夜の会社、三階の北の部屋。妙な悲鳴が聞こえるとまことしやかに囁かれだしたというのは、全くもって蛇足である。
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